♪ 蘇州夜曲     Songs by Ann Salley




Ann Salley
アン・サリー(英字表記・Ann Sally、本名(旧姓)・安佐里、1972年8月17日 -)愛知県名古屋市出身。
現役のドクター(心臓内科医)であり、2児の母親でもある異色のシンガー。
デビュー当時は、ジャニス・イアン、ジョニ・ミッチェルなどの洋楽カヴァーが中心だったが、
その後、昭和歌謡や細野晴臣、吉田美奈子等、邦楽カヴァーにも挑戦し
幅広い音楽層の楽曲を収録したアルバムを発表、2007年にアルバム「こころうた」を機に自作の楽曲を発表するようになる。
[ウィキペディアより]



 アメリカの三大自動車メーカーのうち資金繰りの苦しい、GM(ジェネラル・モー
タース)、クライスラーの2社は政府から総額15ビリオン(1兆4千億円)のつな
ぎ融資を受ける方向で議会の審議が続いていました。水曜日に下院は通過し木曜には
上院では否決されているものの、オバマ次期大統領は「上院での修正期間に資金ショ
ートが起きるようなら、緊急融資も」と表明しており、ブッシュ大統領は、特例で金
融安定化法案の資金枠から緊急融資を行うという観測もあります。いずれにしても、
この2社にフォード社を加えた「ビッグ・スリー」に関しては事実上破綻もできなけ
れば自主再建もできない形となりました。

 世論調査をすると、救済反対の方が多いという数字も出るのですが、例えば大統領
が融資に同意した際には、恐慌は回避された、産業全体では百万単位の失業が避けら
れた、株価も上がったということで、人々には安堵感がありました。上院で否決され
たにしても、法案が最終的にどうなるのか、緊急融資はどうなるのか緊迫した状況が
続いています。ですが、いずれにしても、この結果というのは70年代から長い間闘
われてきた「日米自動車戦争」が静穏のうちに終結したということに他なりません。
その結果は日本側の完勝でした。1945年の9月2日東京湾内で日本がアメリカの
占領を受け入れる降伏文書に調印したように、デトロイトは自国の政府に対してとい
う形でほとんど無条件降伏をしたのです。

 議会で審議された案というのは、破産法適用による債務の整理が許されないことか
ら、政府の緊急融資を受け入れ、その代わり政府は第三者委員会による三社への経営
監視を行い、三ヶ月毎にその監視の結果が報告されます。そして、再建の可能性が低
いと認められると融資は即時弁済が求められます。大統領の緊急融資の場合も、同じ
ような条件が付く可能性が濃いと思われます。即時弁済ということになれば、事実上
その時点で企業は破産法11条適用(民事再生法に近い内容)がされることになり、
自動車産業の場合は「一度破綻したブランドのクルマは中古市場で値がつかないから
買いたくない」という消費者離れを起こすことから、ほどなく破産法7条適用(会社
の整理、解散)へと向かうだろうと言われています。それ以前の問題として11条適
用の破綻後に、現在の金融情勢下では、再建のためのファイナンスが民間からは調達
できないので、破綻イコール即清算へ向かうという見方もあります。民間企業として
は、正に降伏したのと同じです。

 勿論、現時点では三社(のうちの何社か)が延命する可能性は残っています。真剣
にコスト削減に取り組み、組合との条件交渉で落としどころを得て「グリーンエコノ
ミー」というトレンドに乗って、燃料効率の良い、そして排出ガスの少ないクルマの
メーカーへと「業態転換」ができれば、世論も「オバマ政権」も支援を始める可能性
があります。その延長上で、アメリカ流の「振り子を逆に振るときの激しさ」や「変
革のスピード感」に乗せることができれば、全くの業態転換として「大食いのガソリ
ン車メーカー」から「エコカー専業」へと変身することも可能でしょう。

 ですが、現時点では、デトロイトはどうして敗北したのかという原因を総括してお
くことは必要だと思うのです。それは、自動車をはじめとする日本の産業にとっても、
重要な教訓となるからです。とりあえず、GMをはじめとする各社の旧態依然とした
経営陣の保守性や、既得権益の集合体(とはいえ、巨大な人口の生活がかかっている
ので動きが取れないとも言えますが)であるUAW(米国自動車労組)の問題は、日
米のメディアで言い尽くされているので省くことにします。

 経営陣の質と組合との歴史的経緯、この二点以外にもデトロイトの「敗戦」に至っ
た構造的な原因はたくさんあります。まず、指摘できるのは、アメリカという風土の
問題でしょう。広大な北アメリカ大陸は、確かに膨大な自動車の需要を生み出したわ
けで、正に20世紀の初頭に「流れ作業による内燃機関を使った移動車両の大量生産」
という文明がこの地でスタートしたのは当然だと言えます。ですが、この広大な北ア
メリカ大陸には特徴があります。それはプレーリー(大平原)からグレートプレーン
ズへと続く巨大でフラットな空間を持っていたことです。

 この地域の「平べったさ」は昼間の大陸横断便などで上空から見ると良く分かりま
すが、本当に平らなのです。そのために、開拓の時代から農地開発も、都市開発も碁
盤の目に沿った形で進めることができています。アメリカの地図を見ますと、この中
部に関しては州境も、郡や市町村の境界も、そして高速道路網も全て碁盤の目になっ
ています。その整然とした幾何学模様を見ていますと、この地で自動車による交通が
発達したのは至極当然に見えるのですが、実はそこには大きな弱点がありました。

 それは、西部山岳地帯とアパラチア以外のアメリカの道路は、どこまでも真っ直ぐ
で真っ平らだということです。その結果として、アメリカには「ヘアピンカーブの連
続」や「軽快に駆け抜けられる中速コーナー」などというものはほとんどないのです。
ですから、ハンドルを回すのは車庫入れや駐車(それもだだっ広いので日本や欧州の
ような微妙なテクは不要です)と交差点の右左折、インターチェンジの出入りだけ。
つまり、タイヤが外へ行くような遠心力を感じながら、あるいはタイヤがそれに耐え
られずにクルマが内側に滑りそうなカーブをどう曲がるか、という問題はアメリカの
ドライビングにはないのです。

 また、アメリカの道路は警察力で治安が維持されています。一方で銃が野放しとい
うこともあって、高速道路を速度制限以上で暴走するクルマというのは「銃がらみの
犯罪に関係して逃走している」というイメージにつながるわけで、厳重な取り締まり
の対象になりますし、他のクルマも怖いので通報したりします。そして速度制限は低
めに抑えられているので、全体的にクルマの流れは欧州や日本と比べるとスローです。
ですから、クルマの高速性能も、急ブレーキの性能も余り要求されません。

 こうした条件下、アメリカのドライバーの運転技術は平均的にかなり低いと思われ
ます。オートマチック車が早期に普及したことから、マニュアル変速機を使える人は
ほぼ絶無、パンクしたクルマをジャッキアップして緊急用タイヤに交換したり、バッ
テリーが上がった場合に、他のクルマから電源をもらって始動したりという、日本や
欧州では当然ドライバーに求められる動作もできない人が多いのです。恐らくは急ブ
レーキを踏んでのパニックストップの練習や、横滑りを回避するカウンターステアと
いった安全面での基本動作なども、ダメな人がほとんどでしょう。

 とにかく「走る」「止まる」「曲がる」といった自動車の三要素に関して、極めて
低い性能しか求められないのが北米の自動車市場なのです。では、アメリカのクルマ
が全くダメかというと、必ずしもそうではないのですが、とにかく消費者にクルマの
本質的な性能を見る目がないので、半端な性能のものが許されるのです。勿論、アメ
リカの消費者が何でもいいと思っているわけではありません。荷物の収納具合、五人
乗車時のスペース、あるいは六人乗り、七人乗りといった収容人員、更には飲み物を
置くホルダーが人数分必要だとか、長旅の間にディズニーのDVDを子供に見せるた
めの後席用の上映設備だとか、色々なニーズはあります。

 ですが、クルマの基本性能に関しては「消費者の厳しい目」が働かないのです。扁
平タイヤや軽金属のホイールはファッションに過ぎないし、七段変速の最新式の自動
変速機技術だとか、直6(ストレート6)かV6かというシリンダ配置の違いとか、
最少回転半径だとか、ハンドリングのクセ、など日本やドイツの技術者が必死にチュ
ーンした付加価値も全く理解されることなく、単にベンツだからレクサスだからとい
うブランドとしてしか消費されないのです。サスペンションのフィーリングも硬いと
か柔らかいというだけで、コーナリングのロールやその粘りといった点は北米市場で
は全く関係ないと言って良いでしょう。

 そうしたことの積み重ねは、アメリカの自動車メーカーから、自動車の基本部品で
あるエンジン、サスペンション、トランスミッションといったジャンルでの技術開発
力を失わせることになりました。どんなに付加価値を磨き上げても理解されないので
あれば、研究開発をしろというのがムリであり、その結果として技術面での競争力を
失った結果、ドイツ車や日本車と比較して、コストや信頼性という面でも歯が立たな
いことになったのだと思います。

 もう一つの面は、世界市場での切磋琢磨という感覚の欠如です。GMとフォードは、
長い間、世界戦略らしきものを掲げて経営がされており、例えば欧州フォードとか、
GMのドイツ部門であるオペルのクルマ、あるいは「フォードの生産拠点」であるマ
ツダや起亜など、各地区ではそれぞれにいいクルマや安くて競争力のあるクルマがで
きるようになってはいます。ですが、そうした国際市場での経験が、本体にフィード
バックされていない、つまり欧州フォードやマツダの良い点が、アメリカでの製品に
生かされないという問題があるのです。

 これは縦割り組織の弱点と言ってしまえば、それまでですが、やはり世界最大の自
動車市場であり、自動車ビジネスの発祥の地ということでの奢りがあり、世界各地の
マーケットにいる消費者の厳しい目に鍛えられてきた付加価値が北米市場では生かさ
れていなかったということでしょう。

 こうした問題は、非常に長期にわたってアメリカの自動車産業を蝕んできた病と言
えるます。世界最大の自動車市場であることは量的には間違いないのですが、質的に
は最高の市場ではなかった、その市場特性が製品の付加価値への無理解につながり、
長い間にイノベーションの差となって行ったのです。ビッグスリーの真の敗因はここ
に求めるべきでしょう。

 もう一つ、ここ数年のアメリカの市場では、巨大なSUVがブームとなり、一時的
にアメリカ国産車が巻き返すという現象がありました。そこで、政府は優遇税制を設
けたりしながら後押しをする一方で、各社は大規模な投資を行い、大量のSUVを供
給したのです。ですが、この夏までのガソリン価格高騰で消費者のSUVへの熱は一
気に冷え込んでしまいました。その結果として、特にリース期間の完了したクルマの
価値が暴落して、中古車の膨大な不良資産化という問題が起きたのです。

 この点に関しては、911以降の人々の心理が背景にあります。例えば、実際にテ
ロに襲われたNYの人々、特にマンハッタン島内に住む人は車を持たないことが多い
ので、実感はないようですが、NYとは全く関係のない中西部などでは「何が起きる
のか分からないから巨大な戦車のようなSUVに守られていたい」という心理状態が
蔓延したのです。GMの作っているハンマーというクルマが典型なのですが、燃費を
犠牲にしても巨大な車体に重厚な艤装を施して、いわば「安心」を売り物にするとい
うマーケティングに多くの人が乗せられたのです。

 ですが、2008年に入ってからは全く売れなくなりました。それは、燃費の問題
がきっかけとはいえ、911以降の「身内の安全が最優先」という、いわゆる「セ
キュリティママ」的な心理状態が、時代の流れの中で正常化していったということが
あるのだと思います。この点に関しては、技術というよりも世相を読んでのマーケ
ティングの問題になるのでしょうが、デトロイトの計算ミスと言うことは言えるで
しょう。

 そんなわけで、日米自動車戦争はここに決着をみたのですが、この欄で再三お伝え
しているように、アメリカ側からの日本のイメージは史上最高といって良い状態にあ
ります。ビッグスリーがここまで追い詰められているのに、日本車への悪口は全く出
てこないばかりか、日本式の経営の良さを賞賛する声ばかりです。では、日本は、日
本の自動車産業は安心しきっていて良いのでしょうか。当面は北米市場での自動車販
売が低迷し、為替が不利になっているので自身の足元を見つめた経営が必要だとして、
じっとガマンしていればデトロイトの自壊で巨大なシェアが入ってくる、それを待て
ば良いのでしょうか?

 私は、そう楽観もできないように思うのです。というのも、この間の「日本に対す
るアメリカの静けさ」というのには、どこか不気味なものがあるからです。何度かこ
の欄でお話ししたように、仮にオバマ就任後に一気に「環境エコノミー」が本格化す
るとしたら、それが日本への逆風にならないように細心の注意が必要でしょう。とい
うのは、誰も一言も言わないながら「日本車に負けた」のは事実だからで、アメリカ
人の心理の深層には「エコカーでは絶対に勝つ」という何かがあるように思うからで
す。

 もう一つは、今回お話しした「アメリカの風土が自動車のイノベーションを阻害し
た」というストーリーは、決して人ごとではないということです。若者のクルマ離れ、
オーディオ製品の付加価値の縮小、薄型TVのスペックに見合わない地上波TVの
「質」の劣化など、日本が強みとしてきた自動車やAV家電などの産業において「付
加価値への厳しい目を持った消費者層」が急速に崩壊しているという現象に対しては
もっと危機感を持つべきではないか、そんな風にも思うのです。「ガラパゴス化」と
言われる携帯ビジネスの国内限定化の問題などは、正にデトロイトの犯したミスと同
質のものです。

 いずれにしても、デトロイトの命運は尽きました。TVを見ていますと「従業員割
引価格から更に6千ドル(約54万円)値引き」というフォードの広告や、「値引き
合計1万6千ドル(144万円相当)」というキャデラックのSUVの広告など、末
期的な状況を呈しています。フィラデルフィアでは、「バイ・ワン・ゲット・ワン
(一台買うと一台タダ)」というまるでクルマが缶詰の安売りのように売り叩かれて
いるという報道も目にしました。これも一つの「文明の裂け目」なのだと思います。
このような異常な事態の底では、思いもかけないような大きな変化が起きていると見
るべきでしょう。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。ニュージャージー州在住。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア大
学大学院(修士)卒。著書に『9・11 あの日からアメリカ人の心はどう変わった
か』『メジャーリーグの愛され方』。訳書に『チャター』がある。
最新刊『民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』(日経プレミアシリーズ)